あなたの依所(よりどころ)は、何んですか。
あなたが安心して身を寄せられる安住の地は、どこに在りますか。
このブログに初めて来られた方は下記リンクより先にお読み頂く事をオススメ致します。
温故知新・2012年アセンションに向かってブログ
私の記事の転載・引用は全て許可無くお使い下さって結構ですが、1つのお願いとして記事ブログリンクを明記して頂ければと思います。
今朝の気温は低くて、とても寒かったのですが、相変わらずと言うかますますと言うか太陽は刺激を受けて異常に発光しています。
この太陽の発光具合は、冬の太陽光でない事は一目瞭然です。
まぁ、ほとんどの人が気付かずにいるのですが・・
詳しくは太陽の活動・宇宙天気情報センターご覧下さい・

昨年末より約3年ぶりにブログを再開させて頂いたのですが、その当時と比べると比較にならないほどネット上には日々情報が溢れています。
その情報量は本当に物凄い量になっています。
私も含めてですが、こんな時1番陥りやすいのが情報コレクターになってしまう事です。
つまり、常に新しい情報を探し出す事に全神経を使ってしまい、1つの情報の真意を吟味する事などはせずに、さ~っと情報に目を通し、更に新たな情報を探し回り、見つけるとお気に入りとか保存をして満足してしまうという事です。
まさに情報コレクターです。
それに対して、自分が興味のある情報を探し出し、その情報を自分なりに考察して吟味して日々に生かすのは情報探求者と言えるでしょう。
どうか、私も含め情報コレクターにならない様に気をつけて頂けたらと思います。
さて、前記事の続きですが、人は、他人から拒絶されるかもしれないと言う恐れは、人から嫌われたら生きづらくなる、不利であるという程度のものに過ぎないのですが、今に至って人は拒絶そのものを恐れています。
人間は、拒絶されたと判断した途端に心が猛烈な反撃を開始します。
最近の「キレル」もこれに属します。自分の存在が傷つくことなどあり得ないというのに・・・。
他人は、自分の事を拒絶や拒否する為にいるわけではありません。
自分が他人から拒絶されたと判断してしまう出来事が起きた時は、その他人は自分が傷つかないように防衛しているか、すでに傷ついてしまった心を癒そうとして、そのような態度をとっているに過ぎないからです。
傷つきやすい人を恐れる必要などないのです。
自分が常に愛を持って接していれば、どんな人も恐れる必要なんかありません。
人に愛が持てなくなるのは、自分が傷つく事から始まります。
人は「無条件の愛」という言葉を聞くと、それが素晴らしい事だと誰でも知っていながら、自分にはなかなか出来ないと言います。
それは、これまでの自分の人生の中で、人に優しく出来なかったときの記憶があるからです。
どんな時、人に優しくできなかったか思い出してみて下さい。
人に意地悪な思いがわいてきたのは決まって自分が傷ついていた時、イライラしていた時であったはずです。
ですから大切なことは、あなたが傷つかないようにする事です。
気分のいいときは、誰でも人に優しくなるものです。
では、自分が傷つかないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これまで他人の言葉や態度によって傷ついた記憶があるので、自分が傷つくのは他人のせいであると勘違いしていますが、実は他人の態度を契機として、自分の内面にある否定的価値観が表面意識に上がってくることによって、自分自身は傷つきます。
自分を傷つけ続けているのは、自分の抱いた否定的価値観です。
他人の態度が自分が手放すべき考え方を教えてくれているのです。
「このくらいしてくれて当たり前」、「このくらい出来るのが常識」と思っていると、してくれない相手を咎めます。出来ない相手に苛立ちます。
あの人は冷たいという思いが、あなたの心にトゲを刺します。
イライラさせる張本人は、この「してくれて当たり前」、「出来るのが常識」という考え方にあるのです。
「すべきである」といった断定的考え方があなたの心を傷つけます。
どうか勇気を奮って、「そんなの当たり前、誰でもそう思っているのだから」という考え方を全て手放して下さい。
自分ひとりだけ非常識な事をするのを恐れないで下さい。
誰かがやり始める必要があるのです。
これまで使い古されてきた常識という固定的価値観を、白紙に戻すことによってのみ、この社会は変わり始めます。
この社会を変えるのに弁舌を持って他人を動かそうとしても変わりません。
社会は、自分の反映の姿なのですから。
自分ひとりがその意識を変える事によって、あなたの見える宇宙全てが変わってしまいます。
地球を変えるのに、ひとりの意識の変容で事足りるのです。
他人の抱いている固定観念を変えようと努力する必要はないのです。
もしも、あなたのまわりの誰かが、光り以外の何かに見えているとしたら、それはあなたの中に、何らかのかげりがまだ残っているという証拠にすぎません。
あなたがある人を嫌いだとしたら、その人の欠点を見つけだしている自分に気付いて下さい。
その人の中に見える欠点を、欠点と認識するために使ったあなたのモノサシは何でしょうか。
他人を良くないと判定するための尺度に用いたあなたの価値観を見つけて下さい。
その価値観の対極にある考え方は何ですか。
その対極する価値観を使ってあなたの判断の天秤ばかりがバランスするように持ってきて下さい。
あなたの価値観をニュートラルにするという事です。
あなたの抱いてきた価値観が、「どちらでもよい」とニュートラルになると、そのことに対して比較することが出来なくなります。
比較するための尺度がないからです。
比較しなくなったら判断もできません。
このとき、人は初めて判断しない人生を生きられるようになってきます。
比較するな、判断するなと教えられても、モノサシを持っている以上、瞬間的に無意識に条件反射的に判断が起きてしまうものです。
あなたの抱いている全ての、善し悪しの価値観を手放して下さい。
あなたの疑うことのない正しさに対局する価値観をさがし、価値をバランスさせ、ニュートラルにして下さい。
この時、人は比較判断が出来なくなります。
判断しなくなったあなたの心は揺れようがありません。
そうして、手に入れる事の出来る、揺れようのない心とは?
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お願い致します。
真とは?
「違う登山口から登ってもたどり着くのは同じ山頂である。」
★地球人類全てが1日も早く目覚めますように★
★世界人類が平和でありますように★
★世界で異常気象やおかしな事が起きたら必ずチェックしてみて下さい。★
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昨年末より約3年ぶりにブログを再開させて頂いたのですが、その当時と比べると比較にならないほどネット上には日々情報が溢れています。
その情報量は本当に物凄い量になっています。
私も含めてですが、こんな時1番陥りやすいのが情報コレクターになってしまう事です。
つまり、常に新しい情報を探し出す事に全神経を使ってしまい、1つの情報の真意を吟味する事などはせずに、さ~っと情報に目を通し、更に新たな情報を探し回り、見つけるとお気に入りとか保存をして満足してしまうという事です。
まさに情報コレクターです。
それに対して、自分が興味のある情報を探し出し、その情報を自分なりに考察して吟味して日々に生かすのは情報探求者と言えるでしょう。
どうか、私も含め情報コレクターにならない様に気をつけて頂けたらと思います。
さて、前記事の続きですが、人は、他人から拒絶されるかもしれないと言う恐れは、人から嫌われたら生きづらくなる、不利であるという程度のものに過ぎないのですが、今に至って人は拒絶そのものを恐れています。
人間は、拒絶されたと判断した途端に心が猛烈な反撃を開始します。
最近の「キレル」もこれに属します。自分の存在が傷つくことなどあり得ないというのに・・・。
他人は、自分の事を拒絶や拒否する為にいるわけではありません。
自分が他人から拒絶されたと判断してしまう出来事が起きた時は、その他人は自分が傷つかないように防衛しているか、すでに傷ついてしまった心を癒そうとして、そのような態度をとっているに過ぎないからです。
傷つきやすい人を恐れる必要などないのです。
自分が常に愛を持って接していれば、どんな人も恐れる必要なんかありません。
人に愛が持てなくなるのは、自分が傷つく事から始まります。
人は「無条件の愛」という言葉を聞くと、それが素晴らしい事だと誰でも知っていながら、自分にはなかなか出来ないと言います。
それは、これまでの自分の人生の中で、人に優しく出来なかったときの記憶があるからです。
どんな時、人に優しくできなかったか思い出してみて下さい。
人に意地悪な思いがわいてきたのは決まって自分が傷ついていた時、イライラしていた時であったはずです。
ですから大切なことは、あなたが傷つかないようにする事です。
気分のいいときは、誰でも人に優しくなるものです。
では、自分が傷つかないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これまで他人の言葉や態度によって傷ついた記憶があるので、自分が傷つくのは他人のせいであると勘違いしていますが、実は他人の態度を契機として、自分の内面にある否定的価値観が表面意識に上がってくることによって、自分自身は傷つきます。
自分を傷つけ続けているのは、自分の抱いた否定的価値観です。
他人の態度が自分が手放すべき考え方を教えてくれているのです。
「このくらいしてくれて当たり前」、「このくらい出来るのが常識」と思っていると、してくれない相手を咎めます。出来ない相手に苛立ちます。
あの人は冷たいという思いが、あなたの心にトゲを刺します。
イライラさせる張本人は、この「してくれて当たり前」、「出来るのが常識」という考え方にあるのです。
「すべきである」といった断定的考え方があなたの心を傷つけます。
どうか勇気を奮って、「そんなの当たり前、誰でもそう思っているのだから」という考え方を全て手放して下さい。
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社会は、自分の反映の姿なのですから。
自分ひとりがその意識を変える事によって、あなたの見える宇宙全てが変わってしまいます。
地球を変えるのに、ひとりの意識の変容で事足りるのです。
他人の抱いている固定観念を変えようと努力する必要はないのです。
もしも、あなたのまわりの誰かが、光り以外の何かに見えているとしたら、それはあなたの中に、何らかのかげりがまだ残っているという証拠にすぎません。
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あなたの価値観をニュートラルにするという事です。
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太陽の活動・宇宙天気情報センター
- 2013/01/27 19:16
- :終末と再生
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